自然界の一部として


久しぶりに、作文の会が今月再開される。

久々に書く作文は、なんとも気が重い。。。


お題は、引き出しの中、か、コロナについて。だったかな。。

迷いながら、書いてみる。。


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コロナについて書くのか、引き出しの中について書くのか、久しぶりに作文を書くとなると、なかなか書くことが思いつかない。

 最終手段、書くことが思いつかずもがき苦しんだことについて書こうか。。


 コロナについては、どう捉えたらいいのか今も混乱中である。 

風邪の症状の一種であるようだけど、人によっては重症化するし、症状がでない人もいるし、

外国では死亡率がすごく高いようだし、日本ではそうでもないようだし。 

マスクの予防効果がどれだけなのか、いまいちよくわからないけど、しないよりましだという世論に従って、 マスクを着用して電車には乗るようになった。


 今回一番感じたことは、目に見えない存在に対して恐怖を募らせると、どこまでも恐怖は膨らんでいくということを経験した。

 恐怖というストレスに晒され続けることは、コロナに入り込む隙を与えてしまうような気がする。 

地に足をつけ、自分の状況がどうあるのかを日々感じ、自分の免疫力を高める努力を大切にと心がける。 


コロナをきっかけに、いろいろなことが変化した。新しい時代が始まったようだ。 

コロナとの付き合いはこれからもしばらく続いていきそうだ。

 コロナをどのように捉えていくか?コロナは人間にとって存在を許さない敵なのか? 


自然界に向き合う時に、忘れたくないことがある。 


私はジョギングインストラクターとして動きと体と向き合っていくなかで、
とても大切な気づきに出会った。


 それは自分が自然の一部として存在してるということ。 


走る動きを考えるにあたり、
自分の筋力やフォームをなんとかすれば、自然で体にとって最適な走りにつながると思って模索した。

 だけど、それだけでは、たどり着けないと気がついた。 


なぜなら、
私たちは地球の上で動いていて、その環境に働いている力に大きな影響をうけているのだ。力の一つに 万有引力。 

地球に引っ張られそれと同時に地球を引っ張り返す力が働く中で私たちは、立って動いて歩き走っている。

となると、自分で歩く動きをコントロールして最高の動きにいたろうと思っても、
万有引力なんて、太刀打ちしようがない。

でも必ず働いている力で無視することはできない。 

頭で考えたことだけで、自然である自分の体を動かしきろうとすると、不自然な動きにしかならない。

 人間の頭で動きをコントロールしきることは不可能だと私は、フォームを追求することを、放棄して
自然や、その一部である体の未知なる可能性、それら自然の力を認めて任せて動く道をとった。 


それは、私の目指していた自然な走りへ道への扉を開いた。 


もともと人間の体は自然界の一部として自然の法則に則ってミスなくバランスよく設計されている。 

この考え方は東洋医学にある考え方である。


 その自然の法則とは、

 「全てがつながり、バランスをとって調和を目指す方向に動き続けている ということ。

人間も自然の一部なので、この法則に則って創られ、生きるようにできてるというわけです。」

 ※ 操体法 創始者 橋本敬三先生の言葉。 らせん流®︎からの学び。 


私たち人間も、コロナも自然界の一部。


バランスをとって調和を目指す方向に動き続けている存在ではないか?


そもそも、自然会のバランスをここまで崩しているのは、誰なのか?

人間だけが、人間の都合良いように、、の行き過ぎた現代にコロナは警告してるのは多くの人が感じてることではないか。


 とはいえ、先人方の知恵と積み上げてきてくれたものがあり、命をつないでくれたからの今があり、私は恩恵を受けて今生きてることは、決して忘れてはいけない。


 今の時代を生きる自分が、どう進むか、たえず模索中である。


とりとめもなく書き始めたが、なんとなく作文となった。今回はこれを作文とする。


--.---.

我ながら、何ごとも、走りと結びつけてしまう自分に。。

アッパレ!!

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