Monrt-Saint-Michel

娘の幼稚園の学級閉鎖により、

一緒にみっちりおりますが。。


娘は、ユーチューブを見ているので、

私は久々に、クルー時代のラン旅日記を。


モン・サン・ミシェル


ここを朝練したこと。よく覚えてます。

お城まで、まっすぐに続く道を、

ちょっと不安な気持ちで、

駆け抜けました。


この島の早朝もくねくねと走りました。日記にそのことが記されてなかった。。
静かな観光地でくるくると、回って走った記憶。
てっぺんの修道院まで走った。
ワクワク感は半端なかったけど
実際に島を走るより、島を眺めて走るほうが、ずっと満足感高いことに、最後気づいた。
実際にその地にいくより、思い憧れてるほうが、しあわせ?みたいなこと、よくありますよねー。あるあるー。


満潮の関係で朝と、昼の景色が違ったのも印象的でした。



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209年 4月22日

イースターの旅の最終目的地。

Dusseldorfから車で900キロ。

Mont-saint-Michel に向かう。


丘を越えて菜の花畑が広がって、また丘を越えて、牛や馬や羊が。。の景色の繰り返し。

フランスの田舎町をずっと車で走りながら、フランスは巨大な農業国だと改めて感じる。



運転してないけど、ずっと車に乗ってるとお尻も痛くなって、そろそろ長旅に疲れてきた頃。

遠くに何か見える!!

そうかそうか。あれが噂の! 


Mont-saint-Michel !!


確かに、、、写真でみたあの形。神秘的です。。


では写真を。

夕日のモン。


モンに向かう道の景色。子羊です。

ここらじゃ『Pre Sale』として美味しく料理されてました。

若いだけに、肉は柔らかく美味しかった。。




てっぺんに建つ修道院。

最初は小さな修道院だったものが、増改築をされて、一時は牢獄としても使われたりもしたそうです。

中には、900年代に作られた最初の修道院から現在の形になるまでの修道院の模型が展示されていました。


朝モン。9時ごろです。


海を超えてはるか向こうはイギリス。

ここはイギリスとの戦争で要塞としても使われました。

うんうん。私が敵なら責めにくいと感じる作りになってました。

ナポレオンの時代には牢獄として使われたこともあったそうです。

美しい佇まいの影には、暗い歴史があるのですね。


驚くことは。

ここは、日本人タウンでした!!3人に1人は日本人。。

レストランで食事をしていても、聞こえてくるのはほぼ日本語。。。

レストランの人は日本語話せたりする。。

お店の人も、ホテルの人も、日本人に優しいです。


では。そろそろ。

バイモン~☆

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